I SAW HER STANDING THERE

清須会議』が終わり、仕事から遠ざかって約一年。

その間にやり遂げたこと・・・
ハンターランクを300にしました!エッヘン。
甥っ子とも狩りました。
ビバ!無線!!
3DSのあんなちっこいマシンだけで遠く離れた甥っ子と狩りができるなんて夢のようです。
秋のGが今から待ち遠しい。
でもやっぱり大画面でやりたいのでWiiUでも出してください、お願いします。


あと、オリンピックは見ました。
あれは見てよかった。
特にフィギュア。
オリンピックのフィギュアというものを初めて見たんだけど、まあみんなよくコケる。
あんなにコケるものなんて知らなかった。
ノーミスなんて夢のまた夢。


360度全方位から浴びせられる観客の視線。
その中心の広大なリンクの中、ポツンとひとりきり。
バックバンドも共演者も、ましてや対戦相手すらもいない、ただのひとりきり。
俺だったら、もうそれだけで逃げ出したいよ。
そんな戦場で、それでも自己ベストをたたき出した選手や、課題を克服できた選手は滑走後とても晴れ晴れとした顔をカメラに向けていた。
やはり順位や結果だけが全てじゃないんだなぁと。
彼ら彼女たちにとっての「結果」は自分が持てる最大限の力を、オリンピックというこれ以上ない大舞台で披露することができるか否か、ということなんでしょうね。
それでいいと思う。


見てはいけないものを見てしまった気になった浅田選手のショートプログラム
幽体離脱したかのような滑走後の表情。
「なにも・・・わからないです」
今すぐリングにタオルを投げ入れたい!
そんな衝動を抑えながら翌日のフリープログラムを見守った。
観客は彼女を信じて声援を送る。
「真央ちゃんならできるー!」
正気か?あのどん底の精神状態から挽回なんてできるのか?
一瞬の静寂のあと、響き渡るラフマニノフのピアノ。
断頭台にあがるかのような張りつめた空間で、はたして彼女は自分を出し切った。
これ以上出せません、のはるか上のものを出した。
泣いた。
人は、あんなにも自分を追い込むことができるのか。
そして、それを克服することができるのか。
たった23歳の女性が。
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『ブラッドダイヤモンド』(2006)

自宅にて。

反政府軍がダイヤを採掘し、それを売った金で武器を買う。紛争は長期化し、足りない戦力は子供をさらって麻薬漬け洗脳。同胞同士で殺し合い、難民は数百万人レベル。そして、ダイヤに群がる先進国。
一筋縄ではいかない問題を、子供をさらわれる弱者(ジャイモン・フンスー)とダイヤに群がる者(レオナルド・デュカプリオ)、真実を暴こうとするジャーナリスト(ジェニファー・コネリー)の3者の視点を中心に、描く。
映画製作において巨大スポンサーでもあるはずのダイヤ業界。その暗部を深く抉った勇気と、難しい問題を娯楽として高いレベルに昇華させた手腕に拍手!
映画の社会性ってLOVE要素と一緒で、下手をすると取ってつけたような感じになるし、深く描いても結論丸投げに終わることも多い。
そういった意味でこの作品からは「覚悟」と「責任」を感じた。
エドワード・ズウィックという監督、『ラストサムライ』のあとにこれを撮るところが、またすごい。

同年公開された『ディパーテッド』ではなく、この作品でアカデミー賞にノミネーションされたデュカプリオの演技も見事。
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『マン・オブ・スティール』(2013)

劇場にて。

親父さん、無駄死にかよ。
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『スーパーマン』(1978)

自宅にて。

これとスターウォーズのテーマ曲が、よくごっちゃになる。
ロマンチックで笑えてスカッとできる、リチャード・ドナー監督の職人技が冴えわたる一品。
オーメン』はこの2年前。
どんだけ守備範囲広いんだよ!
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『凶悪』(2013)

劇場にて。

2作目にしてあそこまで追い込める監督の力量。次回作が大いに気になる。
でもラスト、ああいうところに着地すると途端にテーマが矮小化したように感じたのは僕だけ?
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そして父になる』(2013)

劇場にて。

福山さんが浮いてるのが気になった。
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かぐや姫の物語』(2013)

劇場にて。

莫大な時間とお金をかけて、これ、、、と言われると「うーん」となってしまう。
あの五人のボンボンが求婚するクダリ、あれをまるまる見せた意図って?
「えー全員やるの!?」と大きくダレてしまった。
自分はあまりピンとこなかったけどカミさんは感動してたし、隣で観てた小っちゃい女の子はひきつけをおこしてんのか?ってぐらい泣きじゃくってた。
かぐや姫の後悔と、気づいた時には時既に遅く、もうなにをやってもハッピーエンドはやってこないんだなという無慈悲感が、小さいお子さんにもちゃんと伝わってたんだなと、感心した。
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ゼロ・グラビティ』(2013)

劇場にて。

プレイステーションが出始めの頃、とにかくポリゴンで3Dにしましたってだけの、本当にそれだけの作品がやたらめったら出て、3Dであることの必然はあまり感じられなかった。
映画の3D上映にもそれに似た3Dバブルを感じてたけど、ようやくこの『ゼロ・グラビティ』で3Dで上映することの必然を得たんじゃなかろうか。
GAMEで言うところの『キングスフィールド』や『マリオ64』に匹敵すると言ってもいい。
ご覧あれと言わんばかりの1カットや、宇宙服の中にカメラが入るといったことは、デスクトップ上のことなので驚きはないけど、登場人物、カット割り、音、ありとあらゆるものを徹底的に削ぎ落とし必然を追い求めた構成は、作り手の狙いがハッキリこちらに伝わってきて好感が持てた。

しかしこれ、映画というよりは、アトラクションに近いのかな。
とてもストーリー性のあるアトラクション。
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『麦子さんと』(2013)

劇場にて。

温水さんが完璧超人になるまでは良かった。
あそこからトーンがガラッと変わったように感じた。
そんなにうまく纏めない方がよかったのに。
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呪怨(オリジナルビデオ版)』(1999)

自宅にて。

「これから見せる二つのホラー映像、どちらが清水監督の撮った作品でしょう?」という格付け番組の企画でものの見事に外し、穴があったら入りたい一心で借りた。
余計な説明を一切排し、ホラー小噺の集合体でいいんじゃないの?と割り切ったアイデアの勝利。
霊はいささか見せすぎな感もあるが、それも割り切った監督の勝利ということかな。
最後のエピソードが必要だったかどうかの疑問は残るけど。
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呪怨』(2003)

自宅にて。

奥菜めぐみさんが素晴らしかった。田中要次さんも。
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呪怨2』(2003)

自宅にて。

もういいかな。
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『The Grudge』(2004)

自宅にて。

一度やりきった作品を焼き直す、というこに要するエネルギーを思えば本当に頭がさがる。
続編も入れたら4回目の焼き直しだよ!
庵野監督も裸足で逃げ出す。
しかし、ハリウッドに行っても臆することなく、浮足立つことなく、ブレることなく、むきだしの霊で勝負をかけたのは天晴という他ない。
全米興行収入2週連続1位の金字塔は、当分の間破られることはないだろう。
霊の描き方も、その後のハリウッドに大きな爪痕を残していった。
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着信アリ』(2004)

自宅にて。

イデアは素晴らしい。
展開も超スピード。
社会性も抉っている。
完璧。
しかし後半、2部構成かと見紛うほどの転調で失速する。
恐ろしい噂 → 惨劇の畳み掛け → 呪いのルーツ探し → 浄化 → 残念でした
の構成は『リング』を意識しすぎたのか、うまくいってない。
あの構成の大元って『オーメン』?
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『その夜の侍』(2012)

自宅にて。

色調が好き。こういう色のタイミング、日本ではあまり見られない気がする。
説明的なカットを挿入して人物を語ることをよしとせず、人物を追いつづけていけば背景や背負ったものは自然と伝わるであろうとしたアプローチに好感が持てた。
個人的にツボだったのは安藤サクラさんのシーン。
デビッド・リンチが観たら「ブラボー」って言いそう。
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ザ・レイド』(2011)

自宅にて。

SWATがギャングひしめくビルに乗り込む、ただそれだけの物語。
天晴。
混戦になっても服で見分けがつくし、あとはひたすらノンストップアクション。
清々しい。
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『クロニクル』(2012)

自宅にて。

まんま金田と鉄雄やった。
『AKIRA』とは違った結末を望んだけど、やっぱあれが一番しっくりくるんかな。
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鍵泥棒のメソッド』(2012)

自宅にて。

面白いし巧い。
オリジナル脚本というところも感心した。
香川さんの書いてたノートがとても達筆で、整然として判りやすかった。
大学で「最近の学生はメモをとらない。スマホで済ますから覚えもしない」と聞いていたので余計に愛着がわいた。
あのノートもっと読みたい、欲しい。
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燃えよドラゴン』(1973)

劇場にて。

当時の日本中の少年の心を鷲掴みにし、目覚めさせた伝説の作品。
ブルース・リーを通らなかった自分としては、香港映画特有の隠しきれない改変や粗に囚われすぎて、正直微妙な感想しかもてなかった。
それでも、のっけにかかるあの強烈なメインテーマ。
そしてブルースのなにげない、独特の所作。
「どんしぃんく、ふぃぃぃぃる」というあの有名すぎる台詞をはじめ、言葉のひとつひとつ、所作のひとつひとつに強力なカリスマを宿してることは、今見ても十二分に伝わってきた。
劇場を出た男性は総じて、彼に身も心も乗っ取られていたであろうことは想像に難くない。
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ブレードランナー(オリジナル劇場版)』(1982)

自宅にて。

雰囲気映画。
ただし、前人未踏の。
カットのひとつひとつに、通常の映画製作1本分の集中力と情熱が凝縮されているような凄味。
そして、その凄味は片時もひるむことなく、2時間つっきってしまう。
多くのフォロワーを生み技術も格段に進歩したが、これを超える作品が生まれることは、はたしてあるのだろうか。
CGが台頭した現在、ショットの隅々まで意匠を張り巡らすことは、さほど困難なことではない。
むしろ、自在に施せることに溺れて、隅々まで張り巡らし過ぎるきらいがある。
デジタルのない時代に、人力で、ここまで一貫したイメージを構築していることは凶気すら感じる。
『エイリアン』もそうだったけど、監督のリドリー・スコットは類まれな無二の才能たちをコンポジットする能力も非凡だ。
才能を引き付ける引力を持った人物なのかもしれない。
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永遠の0』(2013)

劇場にて。

日本が戦争映画を作る際に陥りがちなトラップ。
今の価値観で当時を断罪する。
浪花節で泣かそうとする。
必要以上にヒロイックにする。
そいったトラップにこの作品もことごとく嵌っているのだけど、それでも許せてしまうのは、戦争を知らない世代の強みを利用し、知らなかったものが知ってゆくという構成を全うしたからだと思う。それはもう清々しいほどに。
アマデウス』のような追想形式にしたことも勝因かもしれない。
これが『プライベートライアン』や『硫黄島からの手紙』のような、現代パートは冒頭とエンディングのみで、あとはずっと戦場という構成ならここまでうまくはいかなったろう。
ただひとつ悔やまれるのは、戦争を知らない世代にむけて作った作品のはずなのに、そのターゲットであるはずの世代を馬鹿にしたようなエピソードがあったこと。
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『ドラッグウォー毒戦』(2012)

劇場にて。

乾いている。『エグザイル』からは想像もつかないほどに・・・
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『新しき世界』(2012)

劇場にて。

チッくん?チッくんやないか!?『青春デンデケ』の。なんでまた潜入捜査官なんかに・・・
兄貴分のチョン・チョンが最高。それだけでも観る価値あり。
アップがやたら多いのが気になった。もったいない。